環境や人を変えても、同じ人間関係を繰り返すのはなぜか
前の職場には、理不尽に決めつけてくる上司がいた。限界を感じて転職した。ところが新しい職場でも、気づけばまた同じような上司との関係に悩んでいる。
これは、認識デザインラボに実際によく寄せられる相談です。職場を変えた。部署も変えた。相手も変わった。それでも同じことが起きる。そうなると多くの人は、最後に「やはり自分に問題があるのではないか」と考え始めます。
先に結論をお伝えします。
人間関係がうまくいかないのは、あなたのせいでも、相手のせいでもありません。環境や人を変えても繰り返されるとき、共通しているのは相手ではなく、あなたが持ち運んでいる「観点」です。
この記事では、なぜ同じパターンが繰り返されるのかを構造として説明し、自分のパターンを明確にするための3つの問いを紹介します。
環境や人を変えても、同じことが起きる理由
職場を変える、部署を変える、付き合う相手を変える。どれも外側を変える方法です。外側が原因であれば、これで問題はなくなるはずです。
それでも同じことが起きるのは、変わっていないものが一つだけあるからです。それは、目の前の人や出来事をどこから見ているかという、自分の側の基準です。
認識デザインラボでは、この基準を「観点」と呼んでいます。観点とは、自分の中で固定されている見方の基準軸のことです。観点は職場を変えても置いていけません。新しい職場にも、新しい上司の前にも、そのまま一緒についていきます。
だから、相手が変わっても同じ受け取り方が起き、同じ反応が起き、同じ関係ができあがります。繰り返されているのは出来事ではなく、観点から生まれる「受け取り方のパターン」なのです。
私自身も、部署を変えても同じことを繰り返していました
これは、認識デザインラボのコンサルタントである私自身の経験です。
新卒で入った会社で、私は営業企画の仕事に配属されました。そこで、年上の上司に対して、思ったことや感じたことをうまく伝えられませんでした。仕事のことで相談しなければいけない場面でも、顔色をうかがって萎縮してしまう。特定の年代の人に対して、はっきりとした苦手意識がありました。
数年後、別の部署に異動になりました。環境も上司も変わりました。それでも、部長に対して「すごく話しにくい」というイメージを、そのまま引きずっていました。
あとになって分かったのは、この話しにくさの元が、父親とのコミュニケーションにあったということです。
父は寡黙な人で、何を考えているのかが分かりませんでした。わがままを言えば怒られる、というイメージが私の中に根づいていました。だから学生時代も、自分から意見を言うことはほとんどありませんでした。一つ上の兄と同じ習い事をし、同じような学校に通う。それが良いことだと思っていました。そうしていれば、親と話さなくても進路は決まり、顔色をうかがう必要もなかったからです。
社会に出てからも、私は父親ではない人に対して、同じやり方でコミュニケーションをとっていました。そして、苦手意識が重なるほど、ますます萎縮していきました。
転機は、自分が「父親とのやりとりの中で積み重なった観点」に固定されていた、と気づいたことです。目の前の上司を見ているつもりで、実際には上司に父親像を重ねて見ていました。
その父親像のイメージの外、つまり観点の外に出たことで、私は初めて上司を上司として観ることができました。そこから、上司と新しい関係を築くことができました。上司が変わったわけではありません。変わったのは、私がどこから上司を見ていたか、という観点の理解でした。
原因は、性格でも相手でもない
ここで大切なのは、これを「生い立ちのせい」で終わらせないことです。
私の場合は父親でしたが、誰にでも、最初に深く関わった人との関係から「目上の人とはこういうものだ」「こう振る舞えば安全だ」という見方ができあがります。それ自体は、その環境で生きるために身につけた、ごく自然な反応です。問題は、その見方が固定されたまま、まったく別の人にも当てはめられてしまうことにあります。
そして、そうした当てはめが起きる仕組みは、特定の誰かだけが持っているものではありません。人が物事を認識するときには、誰にでも共通するクセがあります。認識デザインラボでは、それを「脳の4つのクセ」として整理しています。
人が誰でも持っている、脳の4つのクセ

1. 部分しか見ていない
人は、目の前の人や出来事の全体を一度に見ることはできません。必ず、その一部分を切り取って見ています。決めつけてくる上司の、ある一言や言い方だけが強く残り、その人のほかの面は見えなくなっていきます。
2. 違いで見ている
人は、違いによって物事を区別します。「自分とは違う」「普通とは違う」ところほど目に入り、気になります。上司との考え方の違いが、そのまま「否定された」「分かってもらえない」という受け取り方につながっていきます。
3. 過去と繋げて見ている
人は、いま目の前で起きていることを、過去の経験と繋げて意味づけます。新しい上司の何気ない一言を聞いた瞬間に、「この人も前の上司と同じだ」と感じるのは、このクセによるものです。私が上司に父親像を重ねていたのも、まさにこれでした。
4. 有限化して見ている
本来、人にはさまざまな面があり、出来事にもさまざまな見え方があります。それでも人は、限られた枠の中に収めて「この人はこういう人だ」と決めてしまいます。いったん決まると、その枠に合う情報ばかりが目に入るようになります。
この4つは、上司の側にも同じように働いています。上司もまた、部分を見て、違いで見て、過去と繋げて、有限化してあなたを見ています。理不尽に「決めつけられた」と感じる場面では、多くの場合、お互いがそれぞれの観点から相手を決めつけ合っています。
つまり、分かり合えなかったのは、どちらかの性格が悪いからではありません。人類に共通する見え方のパターンによって、分かり合えなかったのです。
「自分が悪いのかもしれない」と考えてしまうときの抜け出し方は、「人間関係がうまくいかないと、自分を責めてしまうとき」で紹介しています。
4つのクセを一枚の図で体験したい方は、「見ている世界は絶対ではない。錯視で分かる『脳の4つのクセ』」もご覧ください。
判断基準の5つの特徴
4つのクセを通して、人はそれぞれ自分なりの判断基準をつくります。何を正しいと思い、何を失礼だと感じ、どんな上司を「理不尽だ」と受け取るか。その基準が、ここまで「観点」と呼んできたものです。
この判断基準には、5つの特徴があります。

1. みんな持っている
判断基準を持たない人はいません。あなたにも、上司にも、家族にも、それぞれの判断基準があります。
2. みんなバラバラ
同じ場面を見ても、何を大事だと感じるかは人によって違います。生まれ育った環境も、出会ってきた人も、経験してきた出来事も一人ひとり違うからです。
3. 一つにそろえても問題になる
では、全員の判断基準を一つにそろえればいいのかというと、そうではありません。一つの基準を全員に当てはめれば、それに合わない人を排除する全体主義(ファシズム)になってしまいます。バラバラであること自体は、なくすべきものではないのです。
4. どの判断基準も不完全
脳の4つのクセを通してつくられている以上、どんな判断基準も、部分しか見ておらず、違いで見ていて、過去と繋がっていて、有限の枠に収まっています。完全な判断基準を持っている人は、一人もいません。
5. 不完全なのに、無意識で完全だと思っている
いちばん大きな問題はここにあります。誰の判断基準も不完全なのに、私たちはふだん、自分の判断基準を疑いません。無意識のうちに「これが正しい」「これが当たり前だ」と、完全・絶対のものとして扱っています。
誰もが、自分だけのVR眼鏡をかけて生きている
4と5を合わせると、人の状態はこう表せます。
誰もが、自分の観点という「VR眼鏡」をかけて生きている。生まれてから死ぬまで、その眼鏡に映る画面しか見たことがない。
さなぎが繭の中にいるように、私たちはそれぞれ自分の観点の中で生活しています。そして、隣にいる人と1秒たりとも同じ画面を共有したことがありません。
決めつけてくる上司も、萎縮していた私も、それぞれ自分のVR眼鏡に映る画面を「現実そのもの」だと思っていました。すれ違うのは当然です。そもそも同じものを見ていなかったのですから。
自分の眼鏡に気づいて、相手と出会い直す具体的なステップは、「分かり合えないのはなぜか。VR眼鏡と『繭の外』で相手と出会う」で紹介しています。
自分のパターンを明確にする3つの問い
観点は自分にとって当たり前すぎるため、ふだんは見えません。見えるようにする最初の一歩は、繰り返しているパターンを言葉にすることです。次の3つを、紙に書き出してみてください。
問い1:環境や相手が変わっても、繰り返している場面は何か
「上司に意見を言えない」「決めつけられると黙ってしまう」など、相手が違っても起きている場面を書きます。ポイントは、相手の言動ではなく、そのときの自分の反応を書くことです。
問い2:そのとき、相手をどう受け取っているか
「この人は自分を否定している」「何を言っても無駄だ」など、そのとき心の中で相手にどんな意味づけをしているかを書きます。事実と、自分の受け取り方を分けて書くのがコツです。
問い3:その受け取り方は、いつ・誰との関係で身についたものか
同じ受け取り方を、以前にもしたことはないかを振り返ります。前の職場の上司、学生時代の先生、あるいは家族。私の場合、たどり着いたのは父親との関係でした。
3つ目がすぐに思いつかなくても構いません。思いつかないということ自体が、その観点がどれだけ当たり前になっているかを示しています。
上司との関係に絞った書き出し方は、「上司が変わっても、毎回合わないのはなぜか」で紹介しています。
観点の問題は、理解すると問題ではなくなる
ここまで読んで、「では、その観点を直す努力をすればいいのか」と思われたかもしれません。
認識デザインラボの考え方は少し違います。観点の問題は、理解することで、問題が問題ではない状態になります。
私が上司と話せるようになったのも、萎縮しないように努力したからではありません。「自分は上司に父親像を重ねて見ていた」と理解したとき、話しにくさの理由そのものがなくなりました。目の前にいるのは父親ではなく上司だと分かれば、萎縮する理由はもうありません。
我慢して相手に合わせることでも、無理に自分を変えることでもありません。何が起きていたのかを構造として理解する。それが、繰り返しを終わらせるいちばん確かな方法です。
では、その理解はどうすれば進むのか。自分の言葉で過去を整理することの意味は、「自分の言葉で過去を整理すると、なぜ納得できるのか」で解説しています。
問題は、本当の出会いの入り口になる

誰もがVR眼鏡をかけていて、1秒も同じ画面を共有したことがない。そう聞くと、少し寂しく感じるかもしれません。
けれども、だからこそ可能性があります。自分の観点の外に出て、繭から出て、相手と会う。自分の画面を絶対だと思うのをやめたとき、初めて相手が見ている画面に触れることができます。それが、本当の意味での出会いです。
そう捉えると、「同じ人間関係を繰り返している」という悩みは、直すべき問題ではなくなります。まだ出会えていなかった相手と出会い直すための入り口になります。観点の問題を問題として終わらせず、出会いの可能性や喜びに変えていく。それが、認識デザインラボが目指していることです。
それでも、もとの観点に戻ってしまうのはなぜか
ただし、一度理解すれば二度と同じことが起きない、というわけでもありません。
観点は、長い時間をかけて身についたものです。理解した直後でも、忙しいときや強いストレスがかかったときには、日常の中でもとの観点に戻りやすくなります。気づいたらまた萎縮していた、ということは誰にでも起こります。
そのため認識デザインラボでは、理解を深め、日常に定着させるための段階を設けています。
- 入門コース:自分がどの観点から物事を見ているかを自覚し、相手の観点に移って見ることを理解する
- 初級コース:自分の観点に固定された状態から、観点の外に出て、観点の自由度を得る
- 中級コース:得た観点の自由度を、感覚・感情・コミュニケーションの場面で使えるようにする
詳しくはコース・料金のページをご覧ください。
よくある質問
相手が本当に理不尽な場合も、自分の観点の問題なのですか
相手の言動そのものに問題がある場合もあります。ハラスメントにあたるような状況であれば、社内外の相談窓口に相談してください。観点を理解するのは、理不尽を我慢するためではありません。同じ苦しさを、次の職場や次の相手のところまで持ち運ばないためです。
生い立ちや過去を掘り下げるのですか
観点の出どころを確かめるために、過去を振り返ることはあります。ただし、過去を掘り下げることそのものが目的ではありません。最後は、誰にでも共通する脳のクセという構造に戻り、「自分が悪かった」で終わらないようにしています。
性格は変えられないのではないですか
認識デザインラボで扱うのは、性格ではなく観点です。性格を変えようとすると強い抵抗が生まれますが、観点は理解することで外に出られます。外に出られると、同じ状況でも別の見え方ができるようになります。
まとめ
- 環境や人を変えても同じことが起きるのは、自分の「観点」が一緒についていくから
- 観点は、過去の身近な人との関係の中で、誰にでもできあがるもの
- 人には、部分・違い・過去と繋げて・有限化という、共通する4つの見え方のクセがある
- 判断基準はみんなが持ち、みんなバラバラで、どれも不完全。なのに無意識で完全だと思っている
- 誰もが自分のVR眼鏡をかけていて、1秒も同じ画面を共有したことがない
- 観点の問題は、理解すると問題ではなくなる
- 日常ではもとの観点に戻りやすいので、理解を深めて定着させることが大切
人間関係がうまくいかないのは、あなたのせいでも、相手のせいでもありません。繰り返しているパターンが見えたとき、それは問題ではなく、本当の出会いへの入り口に変わります。同じ相手との関係も、これから出会う人との関係も、そこから変わり始めます。
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※認識デザインラボのセッションは、医療や心理療法ではありません。心身の不調が続いている場合は、医療機関にご相談ください。